05/18/2005.

06/24/2005







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  • 今、室謙二という人のプロファイル記事を書いている。室さんは、20代の頃に、鶴見俊輔や小田実、吉川勇一と一緒にベ平連で活躍した人で、Deserterとなったアメリカ兵を20人ほど、当時のソ連を通してストックホルムに逃がした活動に関わっていた。室さんには私のメンターであるK氏がバークレーにいらした時に紹介してもらったのだが、とても、何か近い物を感じる。室さん曰く、室さん生い立ちはアル意味「不幸」であったと。室さんが生まれたのは、戦後直後の1946年。父親のマサルさんは戦時中、NHKで日本のプロパガンダを英訳して、放送する仕事についていた。だから、実は、日本が戦争に負けているということも知っていた。母親のユキコさんは、大正デモクラシーそのものの人で、日本女子大を卒業し、お見合い結婚とか、そういった封建主義時代のものを忌み嫌った人だったとという。そんな両親は、戦後、「鬼畜米英」から「アメリカは友人」という風に、いわゆる鶴見俊輔曰く「思想転換」した江戸川アパートのインテリに不信感を抱いていたという。(ここで強調したいのは、マサルさんは決して、日本の軍政府に同調していたのではなく、むしろ、戦争は早く終わった方がいいと思っていた。ただ、それを公共の場で口にすることはなかった。それでも、広島、長崎や東京大空襲に対する怒りは決して消えず、アメリカ人の友人を持ちながらも、アメリカに渡ったことは一度もなかったという)思想は、むやみやたらに、政治体制がかわったからといって帰るべきではない。もし、同調しないのであれば、永井荷風のように、筆を折ればいい。それが、マサルさんと室さんの言い分だ。だから、父親のマサルさんは、戦争に協力した神社仏閣に詣でることはなかったし、室さんも20歳の時に、鶴見俊輔に連れられるまでは、神社はお寺に行ったことがなかったという。そういう、アル意味異質な家庭で育った室さんは、日本社会において、カミユの異邦人の主人公ムルソーのような疎外感を味わっていたという。自分の生まれ育った国から疎外されていると感じることは、とても、不幸なことであると。もちろん、ベトナム戦争に反対したわけだから、アメリカの政治体制を好んでいたわけではない。でも、ジャズやビート文化の中で育った室さんは、ベトナム戦争やイラク戦争をしたアメリカという国の政策ではなく、ジャズを生み出したアメリカという国の方が、日本の市民権より「比較的」ましだ、という理由で、10年前、アメリカ国民となり、今は、オークランドで、アメリカ人の奥さんと暮らしている。(この比較的という観念は、鶴見俊輔からきたものだという。鶴見俊輔は、パールハーバーが起きたときに、アメリカハーバードに留学中、FBIに、アメリカと日本、どちらを支持するか、と聞かれたときに、「アメリカのやっていることに100%賛成はできないが、日本より、「比較的」正義が感じられる」と答えたことにより、無政府主義者と見なされ、拘束された。とてもとても、優秀な人だったので、卒論を拘置所で書き上げ、ハーバードの教授陣の嘆願により、卒業口頭試験が拘置所で行われたというハーバードの至上唯一の卒業生だ)この考え方は、とても私の考え方に似ている。私も生まれも育ちも日本。日本企業の中で、7年ほど働いてきたから、一応順応性はあるとして、日本という国にいる自分には何か違和感を感じる。日本語という言葉の持つ、制約生なのか、日本という国の国土の狭さなのか、それは分からない。でも、アメリカに居る方が、自分で居られる。大学時代はよく「綾子はアメリカ人だから」と冗談のように言われたが、私は自分をアメリカ人だとはちっとも思っていない。日本という国の良さはたくさんあるけれど、室さんと同じで、アメリカに同調する部分が多い。ただそれだけだ。気に入らないことがあっても、アメリカという国は、議論が許される場所でもある。それも、多分好きな理由だ。思想的に好きなものに囲まれて生活する、これが私の幸せであって、いくらお金があって、高級品に囲まれていても、なんだか、息苦しい場所で生活するのは、不幸なことなんだと思う。今、仕事を探している。比較的、好きな部分が多いアメリカという国で、自分の好きな仕事のスキルを少しでものばせるように、もう一年この国で修行するために、仕事をさがしている。ただ、盲目的にアメリカにいたいわけでじゃない。私のやりたいことが比較的日本より自由にできる、私の持つ思想が、比較的、いわゆる中道からリベラルと言われる人々に受容されるアメリカという国で、もう少しというか、はっきり言ってしまえば、この国に骨をうずめたいんだな、きっと。アメリカに来る前までは、グリーンカードが欲しいと思ったことはあっても、それは、あこがれであって、アメリカに住みたいという、希望からでたものだった。でも、今は、ここで生活があり、ここでやりたいことがあり、ここに友人がいて、いわば、短い留学や、企業派遣という範疇でない、生活拠点をここに築いた上で、現実的に、アメリカで仕事がしたい、と思っている。日本という国は、とても豊かな国で、素晴らしい国だと思う。でも、その生まれ育った国より、アメリカの方が「比較的」自分に幸せを与えてくれる、と思うのは、客観的に見れば不幸な事なのかもしれない、それでも、今のどから欲しいのは、あと一年この国に居ることを可能にしてくれる「仕事」だ。どんなに貧乏でも、私を幸せにしてくれる「書く」という仕事をアメリカですることはこの上ない充実感と幸せを与えてくれるから。